労働ビッグバンの時代に備えよ   
             江島 優 東京エグゼクティブ・サーチ㈱会長

完全失業率が四・九%、三百五十万人になり、日本は深刻な雇用不安の時代を迎えている。しかし、一方では人材が足りない業界もある。つまり、ミスマッチが失業の大きな原因となっているのだ。社団法人日本人材紹介事業協会会長の江島優さんは、日本も米国型の人材流動化時代に突入しているという。我が国におけるヘッドハンティングの草分けでもある江島さんに、これからの働き方の変化について伺った。
<(聞き手 フリージャーナリスト・多田 則明)>
 

人材流動化の時代

 ――完全失業率が四・九%を超え、深刻な雇用不安が広がっています。人材紹介の業界はどんな状況ですか。

 今は毎月八十~百社の勢いで増えており、三月末で二千三百四十社、年末までには三千社になるものと思われます。人材流動化の時代を迎え、それだけニーズが出てきているからです。政府も積極的に許可する方針で、規制緩和を進めています。

いわゆる人材派遣会社は約四千社ありますが、その九五%は秘書や一般事務、プログラマーなど女性のパートです。それに対して人材紹介業はパーマネントの正社員として紹介する。私たちはホワイトカラー、それも幹部社員の紹介を専門にしています。一部上場企業からは、部長から取締役クラスの依頼があります。

――中途採用が増えているのですか

日本的な年功序列の終身雇用制は完全に崩壊しています。定年の六十を待つまでもなく、四十過ぎからリストラが始まっているし、実績主義、能力主義にしないと、企業が生き残れない時代です。これからのサラリーマンは契約社員の時代になります。一年ごとに契約を更新し、実績があると給料が上がるが、実績がないとダウンする。社員は実力をつけないと職を失うようになります。それがグローバリズムです。私は昔、留学していたアメリカ社会を見て、やがて日本もそうなると予測し、この仕事を興したのです。

――日本では少子高齢化が急速に進んでいます。

これは日本の産業界に壊滅的なダメージを与えます。今、日本の労働人口は六千五百万人で、ホワイトカラーは二千四百万人、そのうち十五~三十歳の若年労働力が千八百四十万人です。それが二〇一〇年までに約七百万人減少する。それは、女性と老人ではカバーできない数です。職種は二万三百ほどで、特にITや半導体業界は若年層でないと対応できません。

そこでわが社では、外国から優秀なホワイトカラーを三年から五年の契約で受け入れようとしています。今後、ますます少子化が進むと、十万人規模で外国から優秀な人材を受け入れないと、日本の産業が立ち行かなくなります。

既にロシアや中国、インド、ベトナム、フィリピンなど二十カ国にネットワークを作っています。IT関連企業からは、若手エンジニアの需要が数千人規模であります。韓国ではインドの技術者を二十万人受け入れる計画を進めているそうで、このままでは日本は韓国に先を越されてしまうかもしれません。わが社には私を入れて十四人のコンサルタントがいて、一人はロンドンに常駐しています。海外提携は二十数カ国に及んでいます。

 まさに人材の自由化、労働ビッグバンの時代を迎えています。人、物、金の自由化は昔から言われてきましたが、一番遅れたのが人の自由化です。日本は閉鎖的な国でしたが、どんどん外国人を採用することによって内からの国際化を図る必要があります。

 今、日本に留学生が五万人いますが、そのうち約四万人は日本で一年くらい働いてから帰国したいのに、雇う会社が少ないため、就職できるのはせいぜい千五百人だそうです。

 ――外国人を大量に受け入れると、日本社会が混乱するという見方もありますが。

 慣れていないからそう思うのでしょうが、そうする以外に日本の生きる道はないのです。受け入れ態勢の整備、法的な措置も必要ですが、むしろ積極的に外国人を迎え、日本も本格的に国際化していかなければなりません。

 例えば、外国に日本語学校を作り、積極的に日本に迎え入れるような体制を作ることが望まれています。日本がアジアにおけるリーダーシップを発揮することで日本語圏や円経済圏が広がることになります。そのようにグローバルにやっていかないと、今の不況を克服することは難しい。

――女性や高齢者の雇用はどうなりますか。

健康な人は七十五歳くらいまで現役で働き、女性も子育てが終わると職場に復帰するようになるでしょう。私はそうなるのを十年前から予想し、ごろは悪いのですが「女老外」と称していました。女性と老人と外人が活躍する時代という意味です。

今、定年は平均六十ですが、それも年齢的な差別になるので、三年もすれば撤廃されます。年齢差別禁止法ができると、高齢を理由に雇用を拒否することはできなくなります。元気な人は働き続けることで寝たきりや痴呆になるのを防ぐこともでき、医療費の負担も軽減できるので非常にいいことです。

不況で伸びる人材紹介
 ――江島さんがヘッドハンティングの仕事をしようと思ったのはどうしてですか。

 ブラジルとパラグアイで七年暮らしてから、アメリカで三年、学生生活を送った時、何か日本に持ち帰ろうと考えて研究したのが人材スカウト業です。人材の流動化なくして、優秀な人材の出現はないと思ったからです。

アメリカの人材紹介業には七十年の歴史があり、一九二九年の世界大恐慌の時に生まれたのです。不況だから人材と組織を見直し、必要のない人はリストラし、能力のある人を外から迎える。それで不況を乗り越えようとしたのです。その意味では今の日本の状況と似ています。

 不況になれば企業は優秀な人材を求めようとするので、紹介業は忙しくなります。ただし、条件が厳しいので並みの人手は決まりません。そのため、優秀な人を探さなければならない。それがサーチなのです。そこで、社名を「エグゼクティブ・サーチ」にしました。

 日本で始めたのが三十一年前で、当時は人が動かず、仕事は大変でした。しかも、人を紹介してお金をいただくのが難しい。サービスはただという考えがありましたから。スカウトが成立すると年収の三〇%を取ると言うと、だれもが驚きましたね。アメリカではそれが常識でした。日本は歴史的に四十年遅れていましたが、今は十五年の差になっています。

 アメリカは大学の教授や学長、病院長もスカウトします。上場企業の社長でも、成績が悪いとすぐに入れ替えます。日本まだそこまできていませんが、もう十五年もすれば欧米並みになるでしょう。日本では山一證券が倒産しましたが、アメリカならトップを入れ替え、浮上を図る。そうすれば、山一や拓銀も潰れないですんだかもしれません。能力のない人がトップの在にいるのが日本企業の欠点です。

日本的経営がいいと評価されたのは高度成長期までです。低成長になり、しかも競争が激しくなると、それではやっていけなくなったのです。バブル崩壊を経て終身雇用制も崩れつつあります。その時代に、人材紹介業は急成長し、あと三~五年するとビッグビジネスになりますね。やはり、どんなにITの時代になったといっても、それはツールにすぎなくて、最終的には人ですから。有能な人材が五人、十人はいないと、企業は発展しません。

 ――サーチの仕方はどうするのですか。

 わが社にはR&D(研究開発)部門があって、専門スタッフがどの業界にどんな優秀な人がいるかを記した独自の人材マップを作っています。さまざまな名簿や情報から、人材の様子をチェックしてインプットする。要請があるとすぐにふさわしい人をピックアップし、コンサルタントが一人ひとりにコンタクトしていくわけです。

 能力さえつければ、それだけのニーズはあるのです。能力レベルを上げないと再就職はできません。今は、能力再開発、再教育の時代でもあるのです。市場性が高くないと、結局は紹介してもミスマッチに終わります。わが社は人材流動化の時代に、失業なき雇用社会の実現に向け全力を投じています。

変わる若者の職業観
 ――一斉就職した若者がミスマッチで辞めていくという現実があります。アメリカ的に通年採用に変わっていきますか。

 もう変わり始めています。就職協定も廃止されました。企業も新卒者から教育するのでは莫大なコストがかかるので、経験者を即戦力で迎えた方がいいというように変わってきています。その背景には、若者たちの価値観の変化があり、会社に帰属するなど終身雇用の感覚が全くありません。そのため離職率が激しいのです。七五三ともいわれ、一年目に三割、二年目に五割、三年たつと七割が辞めています。

 政府も規制緩和を進め、昨年十二月一日からテンプ・ツー・パームが認められました。派遣しておいて、気に入ると、正社員に採用することができ、派遣会社は紹介手数料を受け取ることができます。それもあって人材紹介業が増えているのです。新卒者を雇って派遣する会社も出てきました。また、インターンシップも広がり、在学中からアルバイトで雇い、派遣先で認められると、卒業後、正社員として採用してもらうのです。それは、学生にも企業にもいいことです。

 ――若者の職業観は変わりましたか。

 現在、若年労働者の約百五十万人がフリーターとして働いています。時給が高いので、蓄えができると海外旅行をするような人が増えていて、フリーター専属の派遣会社さえあります。フリーターをしながら勉強して会社を興す若者も出てくるなど、労働意識は確実に変化してきています。

 戦後間もないころは十人一色でしたが、高度成長期になると十人十色になり、今は一人十色になっています。それほど若者は価値観が多様化し、自己を大事にするようになってきています。企業へのロイヤリティーというより、その会社でどれだけ自分の能力を開発できるかを重視しているわけです。

 ――使う側も意識を変える必要がありますね。

 すべて一年契約のベンチャー企業もあります。退職金はなく、それも含めた高い年俸を支払うわけです。従来のような年功制の賃金では優秀な人材を管理できません。これからは企業家精神を持った人を採用し、能力ある人を上手に使うようにならないと企業も発展しません。

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江島優(えしま・まさる)

昭和9年福岡県久留米市生まれ。32年中央大学卒業。ブラジル、パラグアイで7年間働き、39年米カリフォルニア大学留学。42年に帰国し、50年東京エグゼクティブ・サーチ㈱設立、代表取締役社長に就任。現在、代表取締役会長。社団法人日本人材紹介事業協会会長。著書は『重役にスカウトされる法』『人を“買う”自分を“売る“研究』など。平成8年に労働大臣賞受賞。週末には厚木のセカンドハウスに行き、油絵と菜園作りでリフレッシュしている。