高等教育を通じて世界平和の実現を!
    第6回IAUP(世界大学総長会議)総会から  
  
    
                        第4,5,6回IAUP日本事務局長 大脇 準一郎

 昨年(1981)6月末から7月上旬、中南米コスタリカ、サン・ホセで第6回世界大学総長会議
(IAUP)
が開催された。世界50数カ国400名の大学総長、理事長が集まった。大半が夫人
同伴であり、随行員も含めれば、全参加者は700名を上まわった。日本からは、景山近畿
大学長、伴兵庫医科大学長、金子神戸女子薬科大学長はじめ15大学25名が参加した。

 このIAUPは1964年に発足し、翌65年、英国のオックスフォード大学で創立総会を開催
し、以後3年ごとに定期会議が開催されてきた。今回はリベリア、韓国、ボストン、イランに
次いで開催されたものである。この会議は「世界の高等教育機関に従事する指導者の間におい
て、親善と理解、教官、学生、学術文献の交流を通じて世界平和の維持と文化発展に寄与する
こと」を目的としている。特に今回は国連大学の中の大学院大学である平和大学(The
University for Peace)を具体化するためにコスタリカ大統領の下に委員会を設けてカリキュ
ラムの編成が行われている。同じく“教育による平和”を目的とするIAUPがこの“平和大学”
のカリキュラムを検討、評価することによって“平和教育のあり方”を探究しようというとこ
ろに主眼がおかれた。この企画は、“高等教育を通じての世界平和の実現”をスローガンにす
る世界大学総長会議の現、世界会長である趙永植総長(慶煕大学総長)の悲願でもあった。

 会議は6月29日午前8時半より次期IAUP会長、マイルズ学長(米国、ブリッジポート大)
の司会で行われ、R.カラソ・オディオ コスタリカ大統領、趙永植IAUP会長より基調報告があ
り、これについてF・ドン・ジェームス氏(コネチカット州立大学長)日本の小坂善太郎氏、
エリセ・ボールディング氏(ダーマウス大)、D・マカパガル氏(元フィリピン大統領)、I・
ジー・リキィエ氏(国際平和アカデミー会長)らのコメントがあった。午後からは7つの分科
会に分かれて会議が行われ、3日間の会議の最後に開かれた総会で、IAUP会長にL・マイルズ
氏、次期会長にタイのニボン・サシソーン氏(スリナカリンウィロート元大学長、元教育大臣)
が選出された。 コスタリカは人口222万、そのうち首都のサン・ホセに71万集まってい
る。九州と四国をあわせた面積に鹿児島と宮崎両県をあわせた人口にもみたない人々が住んで
いる。白人とインディオ・黒人との混血率がラテンアメリカ諸国中もっとも高い白人国で、経
済的には最も安定していると言われている。

 軍隊を持たない平和主義国家であること、軍事的には米国に依存して、教育、福祉に国家予
算の60%を費やし、言論出版の自由が100%保障された高度な文化国家であることは、日
本のさらに先をいっている感がするので大変興味深い。“平和大学”構想もこのような平和を
念願する国民的熱意の中から生まれたものであると言えよう。ただ財源についてコスタリカ自
身、最近主要生産物であるコーヒーやココアの売り上げが思わしくなく、石油価格の値上げ等
で高度なインフレに見舞われつつあり、あてにしていた中南米諸国の石油売り上げの利潤の寄
付を受ける見通しも暗い。さらに又、世界の国々も日本にある国連大学本部の運営すら思わし
く行かないのに、平和大学支援などもっての他と言ったきわめて消極的姿勢しか示していない。
コスタリカ周辺の中南米諸国が政治的、軍事的にも不安定であるためイランのような政変がコ
スタリカにも起こらないことを祈念するものである。

 また次回1984年第7回IAUP会議はタイをはじめ、イスラエル、中華民国、ペルーなどが
立候補、日本も筑波大学、国際科学博覧会等の日本招致の意向を伝えたが、国際的に孤立傾向
にある国家は格好な接待外交、自国のイメージアップの機会として、国をあげて招致に熱心で
あるため、おそらくタイあたりになると予想される。

 私自身、1974年ボストン会議より、78年イラン、そして今回と3回、7年間に渡り、
福田筑波大学長の下にあってプライベートにお手伝いさせていただいたが、本来は財力のある
私立大学が中心となって世界の高等教育の発展のために、積極的に受け持つべきであると思わ
れる。

 かつて、1975年ボストン会議において日本で第5回IAUPを開催するよう常任理事会から
要請があった。芽先生、小谷先生らの御助力を得てIAUP日本委員会が組織され、福田学長は文
部省、学術振興会、国際交流基金等と折衝したが、なかなか話がまとまらなかった。地方の2、
3の私立大学でお金はなんとかするからぜひ日本でという声もあったが、結局77年のソウル
における常任理事会で、熱心なイランに寄り切られた形となってしまった。78年テヘランで
の盛大な会議、その後のパーレビ国王の悲運を思い出すと胸が痛む感を禁ぜざるを得ない。
76年、米国の高等教育機関の要請で太平洋圏の学長会議(AUSEC)を開催することを手伝っ
たことがある。このときも日本の各省庁の協力は全く得られず、フォード財団、アジア財団、
そして国内の民間会社の協力を得て辛くも日本の面目を立てることができた。戦後、米国の力
で毎年開催されていたアジア、太平洋圏の質の高いこの学長会議も76年の日本の会議を最後
に開かれていない。

 最近とみに“日本の国際的役割”が問われるようになってきたが、この様に地道な努力を続
けている国際教育交流活動に対し、日本政府ももっと協力してはいかがなものかと思われる。

 以下、会議の全容を伝えるには不十分であるが、発表論文等のうち、代表的なものを数点翻
訳した。わが国における平和教育、及び女性教育に、いくらかでも参考になれば幸いである。
(以下省略)                               1982年3月記
 

  
 IAUPは“高等教育を通じて平和世界の実現を!”をスローガンに、「甲斐ある人生、麗しい社会、
安逸な環境」の創造を目指す運動である。第4~ 6回世界会長の趙永植会長は、ローマ・クラブ会長
アリオ・ペッチェー博士と同じく高邁な志を掲げ世界の大学をリードされた。

第6回コスタリカの総会で提案されたり、教育内容が討議され、その後いくつか実現されている。
1つは国連で世界平和の日が制定されたこと。その感激をを趙総長は詩に唱っています。
               「平和の大合唱」はこちら⇒ 

コスタリカに創設された国連平和大学のその成果である。カラッソ・コスタリカ大統領とロバート・ミュラー 
博士の貢献が大きい。国連平和大学はこちら⇒