「お金の歴史」


 「世の中の歴史の中で、最も醜い歴史を持っているのがお金の歴史です
お金のために子女が父母に不孝を行い、お金のために父母を殺す人もいて、
ありとあらゆる人がいます。それだけではなく、お金は世界全体の人を病に
かからせました。そのようなお金は、名前が出るのを恥ずかしく思うでしょう。
そして、「私が行って近くにとどまる所では、いつも人が変わって行ってしまう」と
思うのです。お金を持つようになった人は、友達も相手にせず、父母も相手にしなく
なります。でしから、「私が往く所には、変わっていく姿ばかりがある!」お金は
悪魔よりも力を持っています。それでは、このお金に希望があるとすれば何で
しょうか?「お金ある私は、個人を所有してみたし、家庭も所有してみたし、世
界も所有してみたし、すべてを所有してみた。所有してみなかったものが無い。
世のなかの良いと言うものは、すべて所有してみた。しかし、一つ所有してみた
ことがないものがある。清いものを所有してみたことが無い。そして変わらないも
のを所有してみたことがない。そして、すべてすべて失ってみたことがない。そ
のよな人、そのような主義、そのような何かがあれば、それを所有してみたい」、
お金がこのように言うのです。そのような人を求め、そのような主義を持て求めたい
と思うのです。そのような人がどこにいるでしょうか。

 清い人というのは正直な人でのことです。お金は、正直な人、変わらない人、
すべてを失っても喜べる人を願うというのです。
今後活動してお金が増えれば増え
るほど、そのようになれる皆さんになれば、みなさんは間違いなく偉大な人です。
 そうすれば、お金は、自分を如何に冷遇しても、自分を踏みつけて使っても、
「ありがとうございます」と言うのです。このように考えるとき、「私は本当の
お金の主人だ。天地が願う本当の主人に一度なってみよう」という皆さんになれ
ば、みなさんは間違いなく世界を支配できるのです。なぜですか。お金がついて
くるからです。間違いなくそのようになります。ですから、お金を稼ぐのは私の
ためではありません。より大きなもののために、全体のために稼ぐのです。その
ように稼げば、お金たちが、一銭のお金であってもどれほど喜ぶかというのです。
その喜んでいるお金が、出ていくことをどれほど嫌うか考えてみてください。こ
のようなことを理解して、皆さんは、入ってきたお金を使うときには、「かわい
そうだが、私か昼食を食べなければならないから、自分の世界に一度戻ってまた
帰ってきなさい」、このように言わなければなりません。

 お金はこのようなものだということを理解して、皆さんがそのような主人になれば、
世の中で発展すると思うのです。正直で、変わることなく、何もない中で、主人の
振る舞いができなければなりません。
ですから、主人として大切に使うことができる
皆さんになりなさいというのです。一銭でも大切に使うのです。自分のために
お金を使わず、、み旨のためには、惜しみなく使うのです。」
                                     
 真の国を地上天国と呼びます。その国ができてこそ、神様が本然の人間に
「完成した時に、あなた方は、万物を主管しなさい」と祝福されたそのみ旨を成し、
人間は初めて、この地の真の主人として現れることができます。また、その時に初め
て人類は、お互いに真の兄弟になることができるのです。その時に初めて私たちは、
神様の真の息子、娘になり、天の父母様に対しては真の孝子、孝女になり、主人に対
しては忠臣になり、この宇宙万物に対しては真の主人になるのです。そのようになれ
ば、神様は、私たちに全権を委ねられるのですが、外的な全権だけではなく、内的な
全体の心情の中心まで移してくださるようになります。神様がすべてのものを委ねら
れても安心できる息子、娘になるというのです。
  1959.3.1