第3世界へ公共投資を

---環境・資源、危機に瀕した地球村…

                                   大脇準一郎

  日本文化の閉鎖性

一昨年夏、マンハッタンに2ヶ月ほど過ごしている間に、何人かの方々から、日本の国際化問題を指摘された。著名なるそれらの方々は、異口同音に「このままでは、日本は国際社会から孤立する」という憂国の情を訴えられた。

 同じ頃、天野直弘氏が「日本はどこへ行くのか」というタイトルで、20世紀への5つの視点を挙げる中で、日本社会における“ムラの構造”の視点を冒頭に掲げ、最大の日本の課題である、としているのが目にとまった。まだ、前駐日英国大使ヒュー・コータッツィ卿も、同じ島国でありながら、英国と異なる日本の文化的閉鎖性について述べられた。

 驚いたことに、今から20数年前に中根千枝氏がその名著「タテ社会の人間関係」で指摘した日本人の“村的体質”の短所は、そのまま,20年後の今日の日本人の行動表現に当てはまる。日本人のこの文化パターンは、長年の歴史を通して培われたものであって、指摘するのは簡単であるが、変革するのは至難の業である。

 中村元氏は、中根氏よりさらに10数年も以前の1949年に、仏教の日本に受容される課程のインド・中国・チベットとの比較研究の中から、日本的思惟の特徴として、「与えられた現実の容認」「人倫重視の傾向」「非合理主義的傾向」を取り上げている。

 1978年、「太平洋時代」をテーマに、日本でシンポジウムを開催した折、国土庁長官を経験したソウル大政治学教授は、日本的体質を「経済的ジャイアント、精神的小人」と表現した。日本の新聞記事を見ている限り、日本人、指導層の人々の頭の中には、日本地図しかインプットされていないのではないかと指摘されても、やむを得ないだろう。

 このように日本人が自前の環境を超えた普遍を見詰める目を欠いていることは、多くの人々の指摘してきた通りである。大洋に隔てられ、日本列島に閉じ込められた日本人は、人間関係、“和”を保つことに精神をすり減らし、自然界や自然を超えた背後の普遍的原則を探る必要も余裕もなかったようである。

 しかし、これほどに科学技術、交通、通信の手段の発達した国際化時代、“グローバルビレッジ”を迎えた今日、日本人は日本人同士の身内づきあいだけでなく、世界のあらゆる人々との付き合いが日増しに増え、今やそれが、危機状態にある。

 今日まで、英語を始めとした外国語のプラクティカルな教育の必要性、個性を尊重する教育等は、数多くの国内外の有識者から指摘されてきたとであるが、日本社会の緩慢な変化では国際社会の高まるニーズに到底答えられないということが問題でる。小生は、「日本国際化」へ向けての“突破口”として、一つの提言をしたいと思う。

 それは、1977年に三菱総合研究所が発表した、いわゆる“GIF”(世界公共投資基金)の構想を進めることである。これは米国、西独、日本という世界の経済主要三国が毎年50億ドル、OPEC諸国からも同額、その他の先進諸国から30億ドルの基金を拠出して、今世紀の末までに、この基金を元にし、毎年250億ドル規模の公共投資を、主に第3世界を中心に行うことである。

先進諸国は資金を

100億規模のスーパー・プロジェクトは、エネルギー開発、水資源、農薬など、生産的な12のプロジェクトに及ぶ。小生も発案者の中島正樹相談役らとその実現の可能性を探ったが、大平、鈴木、中曽根内閣と強まる行革キャンペーンのあおりと日本税制の厚い壁にその実現は、今日まで阻まれている。税制改革が、内閣の最大の課題とされている中にあって、国際的視点からの税制改革、世界的に貢献の可能性あるプロジェクトに対する企業の寄付行為に対しては、無税にする等の国際的視点からの税制論議が国会で見られないのは、甚だ寒心に耐えない。

 “宇宙船地球号”といわれる今日、環境破壊、資源の枯渇、核の脅威は運命共同体であり、世界に起こる様々の諸問題も直接、間接にわれわれの日本人の問題でもある。かつて120年ほど前“日本村”の危機を自覚した人々は、脱藩をよぎなくされても、“村的体質”を超えて新しい日本の未来を開いた。120年後の今日、“地球村”の危機に目覚めた人々が海外に在住する日本人たちと協力して、さらに新しい21世紀へ向けての世界を開くべき秋(とき)であり、このことはかつての経験のときと比べて、かえって有利な歴史的環境恵まれていると言えよう。

(世界平和教授アカデミー事務局長)

世界日報 オピニオン 1990.1.27

◇  ◇  ◇  おおわき・じゅんいちろう 1943年、鳥取県生まれ。早稲田大学、ハワイ大学、米ニューヨーク州立大学、に学ぶ。ワシントン・インスティチュート顧問。神学博士。