第55回未来構想フォーラム
恒久平和の実現と北東アジアの役割    

於:ホテルニューオータニ
日時:2006年10月11日12時30分〜15時まで

主催:NPO法人未来構想戦略フォーラム 財団法人人間自然科学研究所

 司会     小松昭夫    財団法人人間自然科学研究所理事長
         大脇準一郎   NPO・未来構想戦略フォーラム代表
 パネラー   金 容雲    韓日文化交流会議座長
         伊勢桃代   前・女性のためのアジア平和基金専務理事
         西原春夫    アジア平和貢献センター理事長
         李 鋼哲    日本総合開発研究機構主任研究員
オブザーバー 竹本直哉    株式会社エスパ代表取締役

小松
 9月24日に開かれた南京のフォーラムは、「平和・調和・和解」この三つをテーマに協議が行われました。
そしてちょうど私の本拠地がある島根県、対岸の朝鮮半島から、アジアで二人目と思いますが、ここで
国連の事務総長が選ばれる。安倍総理が中国韓国を訪問する。そのときに北朝鮮から核実験のニュース
が飛び込んで参りました。今、最もホットな場所ということにこの朝鮮半島、対岸の日本、その周辺には経済
成長が著しい、北京オリンピックが控えている中国、国連常任理事国のロシア、そして大きな影響力を持って
いるアメリカ、この中での恒久平和の実現にこの地域が世界の中で非常に大きな役割を担っているということ
はおそらく異論のないところだと思います。今日は国境を越えて、それぞれの専門の分野を超えてこのような
会がもたれている。人類の視点から見ても非常に有意義なフォーラムではないかと思います。このような機会
を設けていただいた大脇先生、そして皆さんに感謝いたします。このような劇的な時期を、地元韓国で感じられ
た金先生からまずお願いします。

金容雲
 ありがとうございます。今日は本当に意義のある日だと思います。ある意味では歴史の方向が明らかに変
わっていく日ではないかと思います。たまたま韓国からは国連事務総長が、東アジアでは初めてと思いますが、
選出された。一方では世界戦争になりかねない北の核危機があり、その両方を韓半島が背負っております。
韓半島が分断されたのは、古い話になりますと、唐の時代までさかのぼるのです。日本で言う白村江の時
ですけれども、唐は韓半島に入っている。それから秀吉のときも、明は半島に入っている。また明治維新の
とき直接、日本はロシアと半分で半島を分けてやろうとしていた。あるいは第二次大戦後ロシアとアメリカが
38度線を引いた韓半島には、世界史、あるいは何か人類の宿命的なものがある。始めは東アジア人同士の
対立だったのですが、シベリア鉄道が出来てロシアが入ってくる。パナマ運河が出来てアメリカが入ってくる。

  今度は衛星時代になって全世界が介入していく。ということは、韓半島の持つ地政的な問題が解決しない
限り、世界に平和は来ないのではないか。まず、私たち韓国人が望むことは、世界の方向として存在するので
あるのならば、永世中立国にならなければならない。そして世界を納得させるだけの文化を発信しなければな
らない。韓半島と日本は、トインビーも言ったことですが、中華文明圏から独立した亜文明圏である。もしも私たち
が永世中立国になって、そして日本と、昔からの関係にあったように、二つをあわせることができたならば、一つの
大きな文明圏ができるのではないか。その文明圏は世界に発信できるのではないか。そういう一つの方向性が
できるのではないかと思っています。

小松
 西原先生には今度、新しい本を出された「未来から現在を見て」という視点からお願いします。

西原
 私は現在の国際政治の現状が大変複雑でややこしい。解決しようとしてもなかなか解決策が見つからない。
北朝鮮の核実験についてどうするかということも、なかなか解決策が見つからない。政府としては現状の改革
を図らなければならないが、われわれ民間人はそれにとらわれているとなかなか解決策が見つからない。

人類は必ずそっちの方向に向かわなければならない。できれば物事を先取りしてやる必要があるのではないか。
未来のシナリオではなく、未来からのシナリオです。必ず予測できることというのは、男女の性と、科学技術の
発達です。これは疑いがない。人類は絶滅するまで科学技術を発達させた。科学技術の発達から、ありとあら
ゆるものが国境を越えてきた。国境がじゃまになり、国境が低くなってきた。そうすると新たな利害対立が起こる。
その調整機関は何だということになると、ヨーロッパの空港に現れているように共同管理という考え方。そこから
出発して考える。現在日本がアジアの中で抱えている竹島問題、あるいは南北対立問題、あるいは中国と台湾と
の対立の問題。そういうものの解決策が見えてくる。

小松
 私は経営者ですから、経営学からいうとそういうことは先行管理と言います。国境をまたいでたくさんの人が移動し、
インターネットによってほとんどコストをかけずに対話できる。またはブロードバンドによって世界中の映像が双方向で
送ることができる。そうしますと、地球全体が先行管理をする時代が来ている。人類の特性というのは楽しく、持続的に
生きたいと。どことも衣食住が足った後は、楽しく持続的に生きると。そういうことを未来へのシナリオの頂点におきまして、
それを具現化するための手段として、それぞれの持っている気候、地理、文化、そういうものを生かすものは生かし、
修正すべきは修正し、逆に、国というものの概念が、アメリカのケネディ大統領が「祖国が汝に何を為し得るかを問い給
うなかれ、汝が祖国に何をなしうるかを問い給え!」と言ったように、それをさらに進めると、“地球上で人類は何をなす
べきか”ということを、それぞれの国で、新しい国家の概念、モデルを、朝鮮半島を含めた中で考えてほしいということが、
今後大切な考え方となって行くのではないでしょうか。

伊勢
 二つほど、特に大事なことがあると思っています。国連から見ますと、今、一極集中、一つの文化圏、一つのところから
発信していく。そういう方向に持っていくということが、いままでは可能であった。ところがそれが可能ではなくなったと
いうことが明らかであって、ここからは異文化、いろんな考え方というものを網羅したものでなければ、人類は持たない
と思っています。一つの出発点としては、いままでその意味ではあまり役割を果たしてこなかったアジアが、キリスト教に
対しての一つの文化というよりは、アジアというのは非常に多文化、多宗教、非常にいろんな立場に立ってやってきた国々
であると思います。アジアがどうして一つになれないかという悩みがあるのですが、この前、アジアでの会議で、やはり中国、
韓国、日本と、その三国が仲良くなれないようであるのならば、アジアは一緒になれないんだと。その中で一番反省をして
ほしいのが日本だという発言が多くありました。そういうことを考えますと、北東アジア、東アジア共同体の役割というもの。
やはりこの三国の役割がいかに大事かということを自覚して、その意味で、共同体を進めて行くということが基本になる。
三国は文化、哲学、倫理観というのが世界で推進していく母体であることが必要だと思います。もう一つは核の問題。
これは非常に大変な問題で、私は武器とか、核とか、これからはいわゆる国連安保理五カ国が中心になってやっていた
現状を考え直していかなければならない。その意味でもアジアというのが一つで、共同体を推進しながらも、アジアの中の
核拡散、アジアの中で核の問題をどう扱うかという問題が出てくるのではないかと思います。今、核の問題というのは、
先進国、核保有国が反省して、新しい方向に持っていく責任があるし、そういう方向に持っていくという共同体というのが
非常に大事である。日本というのが今までの憲法、精神というのを貫いていくのが大事で、「核がなくても生きていけるよ」
という姿勢を推進していくことが大事だと思います。

小松
 女性の視点から核拡散の時代を北東アジアからどのように持っていくかという話ではなかったかと思います。李先生、
日本に来られて、日本から世界を、そして朝鮮半島を見ているという視点で、お願いします。

李鋼哲
 今は時代がだんだん、国境が無くなる時代になっている。そうすると、近代における国民的意識がどんどん薄くなるべきですが、この日・中・韓、あるいは北東アジアでは逆行すると。そういう中であって、私の出自からすると、おじさんは朝鮮半島出身だったと、お父さんは中国の出身だったと、息子は日本の出身で日本国籍だったと、私はこの三つ、日・中、朝鮮半島を背負っておるもので、日・中・韓、朝鮮半島の三カ国で活動しているが、私にとっては、どれも自分の祖国です。私にとっては、どの国民意識を持っているかというのは全く意味がない。これからの時代の流れで見ると、アジア人、私自身では北東アジア人。それぞれの国民意識を持つことは悪くはないのですが、孔子の仁を、自分の国だけではなくて、隣の国、あるいは世界の人類にとってどういう風に仁義を持って臨むのかということを大事にすべきではないか。
 二点目は、私は日本に来て、北東アジアの政策協力、主に経済についてアプローチしておりますけれども、さきほど伊勢先生もおっしゃっていますが、本当にこの地域が複合していく時期なのですが、なぜ、日・中・韓三カ国が、それに逆行する方向で行っているのか。やはり悩みも多いわけです。けれども歴史の流れの方向で、東アジア共同体を創っていく。本当にわれわれが、政府に頼ることなく、自分の力、思想、信条で、我々が、創っていくほかない。一市民としてでも政府を変えていく。そういうことが大事ではないかと思っています。

小松

 前の小泉首相のときに官主導から民主導へ、というキャッチフレーズがありました。やはりこれからは民主導から、市民、いわゆる一人ひとり、個が主導すると、これを良く考えて見ますと、民主主義の原点です。民主主義はギリシアで誕生したと言われているけれども、この辺にヒントがあるのではないか。たまたま私の本拠地には、出雲大社があります。ここには全国から神様が集まってきていろいろ協議をして、そして政治をした。これはおそらく、世界の間接民主主義の発祥の地ではないか。こういうような話もあります。いまなかなか直接民主主義も難しいですから。ITが発達してきて、そういうことも可能になってくるのではないかと思います。そしてもう一つは今度、出雲大社で、今、イスラエル、その周辺の方々と全部敵対関係にあります。その大使を、大脇先生のお力で呼びます。「食を通じて世界平和を」ということで、アメリカのボストンを中心に活動なさっており、アメリカの大統領の食事顧問をなさった久司道夫先生と二人で来ていただきまして、平和について語っていただく、そういうことを企画しています。その出雲大社には“和譲”という言葉があります。日本人は譲るというと、どうしても負けて譲るというイメージがあります。そうではなくて、未来のためにみんなが共感と納得ができると、そういうことができるために、お互いに与え合うことを“和譲”と言うそうです。私はこの言葉を聞いて感動しまして、具体的にそのように持っていくためには、おそらく、この朝鮮半島に東西の冷戦までの近代の歴史が一番色濃く残っていますんでね、おそらく人類の歴史の中で大きな役割を担うということが運命付けられているのではないかなと。対極にありますドイツは東西ドイツが一緒になって、宿敵フランスと一緒になった。そうすることでユーロ圏ができた。ドイツは、第一次、第二次大戦で、ヨーロッパをドイツ化しようとして失敗した。第二次大戦後は、宿敵のフランスと一緒になって逆に今度はドイツをヨーロッパ化した。これがドイツの歴史であり、智慧だと思います。今、どこの国も一国で生きられる国はないですから、日本、韓半島は、世界の中で大きな役割を担うことが、今日のこの会議の基になったらうれしいと思います。

金容雲

 孟子の言った言葉に、「千万人と言えど、我行かん」という言葉があります。明治維新の直前に、吉田松陰は座右の銘としていた。そしてどこに行くかと考えたら、“日本の国民国家を造るために我行かん”と考えた。そして朝鮮、清国を取れと言った。同じく韓国の志士として知られている安重根の遺筆にも同じく「千万人と言えど、我行かん」とあるのですが、どこに行くかというと、東洋平和と人類のためにやると言っている。同じ名言を持っても理想が違ってしまうから、全然、反対の方向により対立するようになってしまう。なぜ日・韓と併せてアジア文化的なものができないか、アジア的な特徴があるのですよ。それは人間関係の仁の思想がある。私たちはアジア的なものを通じて、それを世界的なものに、より普遍的なものにサブリメーション(昇華)して、それをもって、「我、行かん」ということにもって行きたいと思います。

小松
 さきほど仁というお話がありましたけども、仁はなかなか共通の解釈ができていないところがあります。これは私の解釈ですけれども、これは愛と許すがくっついて、そして仁になる。愛は、与えるけれども求めない。これに許すがくっついて仁になる。そういう状態になったことを和平の状態という話を聞いたことがあります。

竹本
 私は小・中高生の民間の学習塾をやっておりまして、子供たちに接することが多い。その中で割合としては高く、不登校だとか、いわゆる引きこもりの子供がいます。それが高校を卒業するとニートになると。そういう子供たちが非常に増えている。これはここ5年ぐらい前から言われていることですけれども、止まる所を知らないというか、ますます増えている。小泉さんのときからニート対策ということが行われていますが、私の知り合いが仙台で年間三億円を使って専門職員を置いてニートの方々の相談に乗りますよと、三億円使って一年間に相談に来た子供の数が二百人。だからほとんど誰も行かない。将来を担うものは子供たちということを考えていくと、教育が本当に問題だなあと。教育だけではなくて、たとえば福祉であったり、場合によっては医療であったり、そこを一緒に考えなきゃいけないなと。それをいろんな形で働きかけをしても行政が縦割りで、省庁が分かれていることによりいろんな問題がありまして、やはりこれを統合して行かなければならない。そういうことから考えていくと、やはり政治を変えて行かなければならない。広げていくと今回のテーマである「北東アジア」、アジアの取り組みは非常に大事。中国、韓国も同じような問題を持っているということを聞いている。私は、財団法人、国際児童交流財団の専務理事をやっております。先日、財団の理事が西原先生にインタビューさせて頂いています。西原先生が「これからの日本はリーダーが必要だ、リーダーによって変わる、リーダーに必要なのは指針だ」とおしゃってくださいました。北東アジアでもどっかがリーダーとして引っ張って行かなければまとまらない。それは日本でも、中国でも、韓国でもない。皆、互いに様子を見ているようなところがあって、こういう状態ではだめではないか。やはりリーダーだ。やはりそこに指針がなければならない。本当だと日本がやらなければならないが、やはりその意識が、日本のリーダーの中に乏しいのではないか。

小松
 リーダーという話がありましたけれども、韓国、中国の学生に将来何になりたいかと聞いたところ、70%の人がリーダーになりたいと。日本人の学生に問うと、70%の人が「人に迷惑をかけない」人になりたいと。私はリーダーの定義は、「未来に対する想像力、先見力、そして判断力・決断力。これを具現化するための見識、二つ目が勇気、三つ目が胆力」と考えています。
それでは、そういう人間はどうやったら育てることができるのか、どうやったら見つけることができるのか。アメリカでダニエル・ピンクという人が書いた本があります。日本では大前研一さんが翻訳した、つい最近、書店でベストセラーになった「ハイ・コンセプト」。アメリカの百五十年を振り返ったときに農業の中からリーダーが出てきた。次の時代は工業の中からリーダーが出てきた。そして情報の中から出てきた。これが次は意義、コンセプト、そして世界に対してすぐに理解する、どこの文化圏にあってもすぐに理解する、そういうハイタッチ・ハイコンセプト、これを打ち出せることが重要となってくるという話があります。

西原
 グローバリズムとナショナリズムのあるべき調和点、これがずれるとおかしくなる。この本の中で、未来からのシナリオということとの関係で19世紀的国家観と21世紀的国家観を対比させたのです。19世紀的国家観とは何かと言いますと、幕末、日本に黒船が来て、西欧先進国から植民地化されそうになったときに、これを免れるためには先進国並にならなければならない。その先進国が、帝国主義も含めて19世紀的国家観。日本は、先進国並になるとともに先進国的国家観に感染してしまった。そしてその周辺の国々に大変な損害を与えてしまった。日本は19世紀的な国家観から全く転換してしまって、しかしあるべき国家観が見えない。その間に明らかになってきたのが、21世紀的国家観。19世紀は国益だけを考えればよかった。ところが21世紀の国家観は、国がある以上は国益を考えるのは当然だけれども、国益を考えるときには常に周辺諸国のこと、世界との関係を考慮しなければいけない。これが歴史の必然の成り行きであるということを訴えていかなければならない。もちろん、国々の歴史の発展段階ということがありますから無理やりということはできないですけれども、人類の歴史はそういう方向なのだよということを、その先に国益というのがあるよということをはっきりさせておく必要がある。

大脇
 今度、韓国から国連の事務総長が出たわけですが、伊勢先生の話では、日本の教育体制では絶対にそういう人は生まれないとはっきり言われた。日本の高等教育は東大を頂点にして国家官僚の養成や産業予備軍的な大学であって、国際社会をリードするような人材を育てるという目標を立てた大学は1つもないということが深刻な問題ではないかと思います。早稲田もつい最近、白井総長の下で、国際教養学部が出来て、久しぶりに早稲田節を聞いた痛快な感じがしますが、伊勢先生は初代の国連大学事務局長です。私たちは国連大学ができたときに、てっきり学生が来るものと思っていたら学生が来ない。欧米の圧力でそれができなくなったと聞きますが、それを含めて、どうしたら日本が国際的指導者を養成できるか、お伺いしておきたいのですが。

伊勢
 日本における教育というのは非常にいろんな問題があるのですけれども、新しい国家像というものが遅れをとっていると思います。国連は国家主権によってできている19世紀の体系ですから、これを変えていかなければならない。国益と人類益、これを当然の一つの塊として考えるようなリーダーを、どんどん作っていかなければならない。それがないと、国益と人類益が今、一緒になってきている。そこが接点というものがまだ感じられていない。そこをやっていくことが肝心と思います。
 国連大学の話が出ましたが、これは西欧からの圧力ということではなくて、教育機関というのは立派なものが世界中にある。そういうものを前提にして、学生を養成するところは必要ないと考えられていたと思います。あのころですよ。冷戦下ですから。私が今、思うのはもう一回国連大学の検証をしなければならないと思います。こういう機関も変わっていかなければならない。
 現代の教育制度からどうして人材が出ないかということですが、びっくりしたのは東大を頂点とした体制が隅々まで行き渡っている。何とかしなければならない。国全体の環境から教育制度は繁栄しているものですから、国全体の姿勢を考えていかなければならない。ですから私は「国家の品格」とか、こういう本は学生たちにもっと深く読んでほしい。たとえば藤原さんは、国民は馬鹿であると。これは私、少し極端に言っていますが…だから、エリートを作らなければならないと。エリートがあるような国家体系を、本当に必要としているのかというのは大変な問題でして、本当にそういうことを考えてほしい。リーダーというものはどういうものかということを、考えてほしい。

小松

 今、人類益と国益という話がありました。もっと小さくすると、中村天風(なかむら・てんぷう)先生=注=いう人がいて、私の利益というのをどんどん大きくすると、公の利益と一致する。いわゆる国益というものを時間軸の中でずっと続けると。そういうことをしますと、結果として、人類益と一致すると。

伊勢
 福沢諭吉も同じようなことを言っていますね。

小松
 もう一つ、国家ということを考えますと、国家というのは三つから成り立っている。一つは自然環境が違いますから、生き延びるための掟。これを守るための軍事、防衛。内部では警察。二つ目にはその掟を機能させるためには食をきちっとしないと、掟は守れない。そして信。分業体制をきちっとしないと守れない。この三つで国家は出来ている。この三つのうち、どうしても国家が維持できないというときに、何を一番先に放棄するか。私も銀行の支店長とか、役人の方、あるいは学校の先生、いろんな方と議論をします。一番先に何を放棄するかというと、ほとんどの方が信を放棄すると言います。信を放棄したら、お茶も安心して飲めなくなります。「信、無くんば、立たず。」一番先に放棄するのは軍事。二番目が食である。食は自然界、太陽と土地とある。分かち合うことなのです。この信というのが一番肝心なことなのです。恒久平和ということは信というものが一番重要になってくるのではないでしょうか。

金容雲

 今、先生のおっしゃったことなのですが、世界の方向はそういう方向に向かっているのではないでしょうか。というのは、人権法は、国内法よりも上位なものと考えられている。ですから国内法は普遍性のある人類法に行かなければならないと。ですから国内法はなるべくそういう考えを育てて、より普遍的なものに持っていくということになるのではないでしょうか。

大脇
 トインビーは、「エゴイズムには個人的エゴイズムと、集団エゴイズムがある。特に問題なのは集団エゴイズムであると。集団のためにやっていれば、「自分は良いことをやっているんだ」と思い込んで、とんでもない非人道的なことをやってしまう。それが一番問題だということを指摘している。もう一つは、「近代の良い点は協調の理想である。それによって国際連盟、国際連合が出来たけれども、これは国家を通して人民が間接的にしかつながっていない。人民が直接、世界に通じる組織が無ければいけない。市民の世界的な連携が、最終的な世界をガバナンスする理想的な体制になるだろう」と言っているのです。昨年末、市民国連(Global Citizens Initiative)
が日本にも創立されましたが、今日の話にあるように国家とか、国連とか、既存の組織を、人類益的な視点から市民の力で補強して、活用して行くという、そういうペアーシステムが必要ではないかと痛感します。

西原
 グローバリズムとナショナリズム、これが一つの問題なのですけれども、そこにリージョナリズム(地域主義)というのが入ってきている。私は国連というのはいずれ、リージョナリズムの代表機関になっていくと思う。それがだんだんと世界政府に移行していく。そういう意味でリージョナリズムというのは非常に大事で、今、東アジア共同体というのは、共同体という経済組織が先行しすぎているのです。そうではなくて、思想のリージョナリズムを先行させなければならない。その軸は日・中・韓なのです。ですから日・中・韓が、過去の清算が済んでいない。それはやはり日本の責任なのです。小松社長が非常に努力しておられるように、日・中・韓は過去をきちんと清算した上でやらないと、日・中・韓はきちんと手を組めない。ですからそれを軸にしながら、日・中・韓の文化的に非常に高い水準の共通性があるわけですから、それを持って世界に臨んでいくべきである。ある意味で言うとアジアの中で一番でかいのは中国。一番先に先進国になったという意味では日本だ。私は東アジア共同体というものの首都が、ヨーロッパ共同体の首都がベルリンかパリだったらうまく行かなかったのです。ベルギーだったからうまくいった。そういう意味で私は韓国の役割というのはものすごく大きい。私が金先生のお考えに共鳴しているのは、韓国は非常につらい歴史を背景にしている。そのアジアの歴史の象徴的な、その韓国が、アジアの和合の核になるという考え方。そうやってほしい。それには、やっぱり韓国がそういう意識に、支配者じゃないんのすよ。韓国が間に立つことによって、日中もうまくいく。こういう考え方に立っていただきたい。
 
金容雲
その通りです。

小松
 恒久平和の実現のために、今、われわれが韓国、そして北朝鮮、ここにいかにアプローチをするか。北朝鮮がなぜ、誕生したのか。ということは日本の近代ということと密接な関係がある。結果があるということは原因がある。原因があるということはその背景、要因がある。まずここをきちんと、おさらいをして、情報の共有化をする。これが第一歩だと思います。情報の共有化には認識の違いがある。それを明らかにして、情報を共有化する。それが重要なことです。要は未来志向で、どのように楽しく持続的に地球社会が生きられるか、そのモデルを、この韓国、北朝鮮、日本で創ることです。日本にもいろんな考え方があり、アメリカの思惑もあります。日本のどこかの場所で、それをスタートする。日本のどこかの場所は世界から、智慧が、お金が、人が集まってくる。私は機械のエンジニアですが、韓国と北朝鮮はなかなか「化合」しない。しかし一定の温度が上がれば、そこに情報触媒という触媒を入れることで、まったく新しい合金を作ることが出来る。世界恒久平和のモデルという合金を作ることが出来る。こうなれば逆に中国もそれを欲している、ロシアもそれを欲している。アメリカもそれを欲している。しかし自分たちではそれが出来ない。それをわれわれの意思でもって。今、市民が問われている。特に韓国と日本の場合は主権が市民にあるという同じシステムを持っている。今こそ個が問われている。

李鋼哲

 リーダーの話や韓国の話が出ましたけれども、西原先生がおっしゃった、日・中・韓三カ国の共通点を見つけることが大事だと。中国も韓国も現実的にリーダーになるにはふさわしくない問題がある。韓国の盧武鉉大統領はそういう問題意識を就任当時持っていた。彼の本を読みますと歴史から学ぶと、韓半島・朝鮮半島は、鯨の喧嘩のエビになっていると。これからはそうではない。鯨の喧嘩のイルカになると。調停者の役割を果たすべきだと。そういう主張をして私はすごく感銘したのですけど、実際の行動を見ると内ばかりで行動が伴っていない。リーダーの話ですけれども、やはり彼も国際性が非常に少なかった。しかし私が非常に疑問を隠せなかったのは、そういう影響を受けた韓国の世論、市民が、今までの日・中・韓の中で、やはり小国だという意識があったのですけれどもこれからはうまくもっと調和的な関係をもつ調停者になり得るだという意識を持つ人が、少し増えているかなと、少し望みとして、楽しみにしております。もう一つは、信ということは信頼関係ということ。信頼関係にはいろいろ基礎が必要ですが、私は中国と韓国と日本の間には、いろいろ共通点があるのだと。百年前の岡倉天心が「アジアは一つ」という精神で、インドの仏教文明がヒマラヤを越えて、中国の儒教文明と同時に日本列島に来て、日本のベースには仏教文明と儒教文明もベースにあるのだと。彼は芸術的な立場から説明しているわけですよね。

小松
 いまや世界は一つですよね。

李鋼哲
 日本のこれからの方向は危険である。民主主義、人権、これは普遍であると。

小松
 繁栄の極みに衰退の目は生じる。衰退の極みに繁栄の目が生じる。今、衰退の極みです。今、核が来たら終わりですから。天の時、大きな時代のうねりですね、そのうねりがこの北東アジアに来たと。今の北朝鮮で核、国連の事務総長が韓国、そして日本で首相が変わったと。この大きな時代のうねりがここに来ている。そして地の利。地の利はこの日本海。そして人の和。この人の和をどうやって生み出すか。これはきちっと順序を踏んで、あとは世界の知、あるいは資金そういうものが集まる、こういうことが重要ではないか。新しい時代の日本人、いわゆるアメリカからもヨーロッパからもそういう志を持った人たちがここの地に集まってくる。新しい日本人が必要だ。先ほど李先生から、私の母国は三つだという話がありましたけれども、それが世界レベルで、重要なポイントではないかと思います。

大脇
 昨今の憂うべき日本の世相は、敗戦により日本は国軍を解体され、米軍に依存してきたツケが回って来ているということです。先日、イスラエル大使とのお話で、一番心に残ったのは、「日本人は生き残りということを忘れている。」「周囲がどう思うかではなく、自国はどうサバイバルできるか、まずそれを先に考えるべきだ」とおっしゃったことです。確かに軍事力は国家存立の基本的要素ですが、日本人が半世紀以上も間、軍事力を軽視してきたという状況を逆転の発想で、生き残りのために、国際的な視野から文化力、経済力も含め総合的な世界平和へ向けた国家戦略を如何に確立するか。今日、西原先生が思想的な面をおっしゃいましたが、アメリカの軍事力、日本の経済力以外に、もっと目に見えない文化力(思想・学問・芸術等)を重視し、バーゲニング・パワーとして活用すべきではないかと痛感しました。ただ漂流しているだけという旧態依然の現状が最悪で、どう21世紀の日本の国家像を確立するかが緊急、かつ重要な課題だと今日のお話から再認識させていただきました。

小松
 共通のソフトパワーを作るということになりますね。そうしたときに共通のことは何かと。そうしたときに生命の一つだと。そういうことは都会に住んでいるとなかなか季節感がありません。もう一つは人類の一つだと。人類とはどういう特性の生命体かと。そういうことから入りますと、さきほど教育ということがありましたね。

竹本
 先ほど科学技術ということがありましたけど、日本も、中国、韓国も科学技術の発達によっていわゆる経済的な交流というのが、いろんな意味でこの三国は近づいている。距離感はそうとう近づいているのは事実だと思います。それは市民、民間レベルということが多いと思うんですけれども、ITという面においてはこの三国では急速に発展している。情報が蔓延する。悪い情報も氾濫すると。そういう状況において、情報が右にも左にも生かしてしまう。危険なところがあると思います、メディアが、今の悪い状況において相当罪が大きいと思います。

小松
 その話はいろんなところで出てきていますね。最近。

竹本

 やはり今日のようなフォーラムも、せっかくこういう良い話を、もっといろんな人に視聴してもいたい。それを一つの番組として見てもらいたい。


小松
 11月21日に出雲大社の社務所において、出雲から、対岸の朝鮮半島に向けて、そして世界の恒久平和の第一歩にイスラエル大使を迎えようとしていまして、また今日ご参加の皆様、ぜひお越しいただきたい。最後に文化ということについてですけれども、ハンチントン教授が世界の文明ということについて書いている。日本はその中で特別な文明だという話。私は対立の文化の上に花開いた文明は衝突を起こす。それを共生の文化の上に花開いた文明に、チェンジする必要がある。それは科学技術の中のケミカル中心から、いわゆる生命科学を中心とした科学に発達させることによって、可能だ思っています。その原点は微生物、いわゆる醗酵の文化にある。この醗酵を突破したところにあるサイエンス、エントロピーをエコロジーに替える。私はこれが21世紀の日本の果たす、特に湿度の高い、裏日本の果たすべき役割ではないか。こういうふうに考えています。今日はどうもありがとうございました。

一同
 ありがとうございました。

   (文責:K.Horie)



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注=中村天風 明治9年、華族に生まれながら、軍事探偵として満州へ、日露戦時下めざましい活躍をする。死病を治すため欧米、インドを放浪。その間、コロンビア大学で医学を学び、また日本人にして初のヨガ直伝者となる。帰国後、東京実業貯蔵銀行頭取をはじめ、大日本製粉(現・日清製粉)重役となるも、大正8年、一切の地位をなげうち、辻説法に転じる。その波乱の半生から得た「人生成功の哲学」は、触れるものをたちまち魅了し、皇族、政財界の重鎮をはじめ,各界の頂点を極めた幾多の人々が「生涯の師」として心服した。昭和43年没後も、天風門人となる者が後を絶たない。

小松昭夫(こまつ あきお) 1971年、小松電機産業を創業、NTTドコモと提携しWEBを使った警報システムを備え安価・安全な下水道オペレーションシステム「水神」を開発。工場管理に革命を起こしたシートシャッターを発明、ニュービジネス大賞を受賞。1994年、(財)人間自然科学研究所を設立、中国の南京虐殺記念館、韓国の独立記念館、ハワイのアリゾナ・メモリアルで日本人として唯一公式に訪問・謝罪、献花、平和への提言と行動を続ける。

大脇準一郎(おおわき じゅんいちろう) 国際企業文化研究所 所長、特定非営利活動法人・未来構想戦略フォーラム共同代表、市民国連専務理事、日韓文化交流協会理事。1975年から9年間、IAUP(世界大学総長会議)日本事務局長。ワシントンインスティテュート主任研究員、90年代、ワコム、セイロジャパン、潟Cンタネットビジネス研究所常任顧問などを歴任。


金容雲(Kim Yonun) 漢陽大学校名誉教授。韓日文化交流会議委員長。韓国放送文化振興会理事長。米国ウィスコンシン州立大学助教授、東京大学、国際日本文化研究センター客員教授等を務める。著書に「日本人と韓国人」「日韓文化論」等多数

伊勢桃代(いせ・ももよ)(財)アジア女性基金専務理事、
京都府生まれ。慶應義塾大学卒業。シラキュース大学で社会学修士、コロンビア大学で修士を取得。ニューヨーク市勤務を経て、昭和45年国連社会経済開発局に入り、同50年国連大学の設立準備に参加。国連大学事務局長、平成2年国連本部人事研修部長、人材管理局部長、専門官部長を歴任。平成9年より17年まで現職。(財)日本国連協会理事

西原 春夫(にしはら はるお)NPO法人 アジア平和貢献センター理事長、
 1951年に早稲田大学第一法学部を卒業。齊藤金作に師事し、1956年に同大学大学院法学研究科博士課程を修了。同大学の助手・講師・助教授、1967年同大学教授。1972年〜1976年同大学法学部長、1982年同大学総長。総長就任後、日本私立大学団体連合会会長(1988年〜1992年)文部省大学設置・学校法人審議会会長(1991年〜1993年)兼任。1990年早稲田大学総長退任。1998年学校法人国士舘の理事長の職、2005年名誉顧問就任。

李鋼哲(LI Gang-zhe) 北陸大学教授
中央民族大学(北京)哲学科卒業、中華全国総工会所属中国工運学院大学専任講師、環日本海総合研究機構(INAS)客員研究員/主任研究員(兼)、立教大学大学院経済学研究科博士後期課程 単位取得、東アジア総合研究所主任研究員/研究理事(兼任)、東京財団研究員、延辺大学東北亞研究院(中国吉林省)客員教授、秋田経済法科大学講師、南開大学(中国天津)日本研究院客員教授、名古屋大学経済学研究科付属国際経済動態研究センター外国人研究員(2003.5-9)、総合研究開発機構(NIRA)国際研究交流部主任研究員(2006.10まで)、